数々の詩情あふれる風景画や人物画を生み出した、19世紀フランスの画家カミーユ・コロー(1796-1875)。 |
今回の展覧会は、コロー芸術を代表する珠玉の3作品が顔をそろえる貴重な機会となります。 |
裕福なパリのブルジョワジーの家に生まれたカミーユ・コローは、父親の許しをえて20代なかばにようやく絵画修業を始め、まずはミシャロンとベルタンの下で古典的風景画を学びます。 1825年には最初のイタリア旅行でローマを訪れ、地中海の明るい光に満ちたイタリアの風景に魅了されて各地で写生に励みました。その後、コローは2度にわたってイタリアを訪れますが、実景にもとづいて描かれた油彩習作を中心とするこれらのイタリア風景画は、今日、その率直で瑞々しい表現が高く評価されています。 本展のはじまりとなるこのセクションでは、イタリア各地で描かれた風景画や人物画を中心に、師の作品などもあわせ、コローの初期の作品群を紹介します。 |
19世紀は鉄道の発達によって、パリの芸術家たちをフランス各地に写生の旅へ向かわせました。コローもまた旅好きで知られます。最初のイタリア旅行から帰国後、ノルマンディーやオーヴェルニュ、ブルターニュなどフランス各地を訪れ、友人らとともに戸外で数々の風景画を描きました。なかでも、父親が別荘を購入したパリ近郊のヴィル=ダヴレーへはくり返し訪れ、緑やわらかな木立や身近な家々、変幻自在の透明な空を反映した水辺の風景などを詩情豊かに描きあげています。 また、野趣に富んだフォンテーヌブローの森で写生に励んだコローはごく早い時期からバルビゾン村を訪れ、ルソーやミレー、ディアスらをはじめ、多くの若き風景画家たちとの出会いと交流を得ました。こうして春から夏は旅先で写生につとめ、秋から冬はパリのアトリエへ戻り、自然の直接観察で得たさまざまな風景の「素材」と記憶をもとに、サロン出品に向けて大画面の風景画の制作に取りかかるというのが、コローの1年のサイクルとなります。 |
古典的ともいえる単純な形態と明快な構造をもつコローの風景画ですが、画家が自然から最初に受けた瑞々しい印象がそこから失われることはありません。ルネサンス以来の古典的伝統を引き継ぎつつ、鋭敏なレアリスムの感覚と抜群の造形力によって風景画に革新をもたらしたコローの作品は、アカデミスムの画家からも、前衛の画家からも賞賛されました。 このセクションでは、光あふれる空を背景に城や大聖堂などモニュメンタルな建物を遠くに望んだ眺望図や、線的遠近法で町なみを描いた都市風景、あるいは橋や建物などが作りだす幾何学的な形態への関心をしめす作品など、さまざまなタイプのコローの風景画を紹介します。 あわせて、シスレーやルノワール、ドランなど、そこからインスピレーションを受けた画家たちの作品も展示します。時に目に見え、時に内に隠された自然の構造を造形的に解読し再構成しようとしたコローの試みは、次世代の画家たちに引き継がれていきます。 |
コローは生涯にわたって、舞台芸術、とくにオペラに対する情熱をもち続け、舞台上の役者や歌手を描いたスケッチを残しています。一方、彼の風景画も、自然がもたらす印象と画家の想像力とが渾然となって生み出された造形的なスペクタクル、あるいは視覚的な演出を巧みにほどこされた一種の劇場空間とみることができるかもしれません。 このセクションで紹介する木立を描いた一連の作品では、前景にヴェールのように枝を広げる木々が描かれていますが、それはちょうど舞台の幕の役割を果たし、霧の向うに見え隠れする遠景へ見る者の視線をリズミカルにいざなっていきます。 また、水面や森の下生えに向かって傾いだ1本の木は画家コローのサインとでもいうべきモチーフであり、あたかも舞台の主人公のようにドラマティックに風景全体にアクセントを加えています。あるいは、鬱蒼と繁る木々のアーチの向うに道や川が遠のいていく奥行き感の表現は、演劇的な効果をあげています。こうした前景と後景のあいだの視覚的な戯れは、ピサロやゴーガン、モネらの作品にふたたび見ることができます。 |
コローの人物画は、当初は身近な人々の肖像などが中心ですが、後期には個人的な楽しみや研究のために描かれた作品が増えていきます。このセクションでは、古代風あるいは民族的衣装をまとった空想的な女性像を中心にコローの人物画の数々を紹介します。そこには、メランコリアのポーズやアトリエのモデル、楽器をもつ女などの伝統的な図像の自由な組み合わせがみられます。モデルの個性が表現されているというよりはむしろ類型的ともいえるこれらの人物画は、彫塑的な表現と確固たる存在感をもって描かれ、普遍性すら感じさせます。そこに宿った単純で素朴な、しかし力強い美は、観る者に忘れがたい印象をのこすものです。 実際、コローは、20世紀初頭の古典回帰の流れのなかで、17世紀の巨匠プッサンらとともにフランス美術の伝統の正統なる後継者とみなされていきました。本展でも紹介するように、ブラックをはじめ、名だたるキュビスムの画家たちがコローの女性像に対して模写とヴァリエーションを通した興味深いオマージュを捧げています。 |
コローは、戸外で描いたスケッチを利用しながら、かつて旅した土地の想い出を追想してアトリエのなかで再構成し、「・・・の想い出」と題した多くの詩的な風景画をのこしています。このコロー独自の絵画ジャンルは、自然との真摯な対話を出発点としながら、記憶、あるいは解釈というフィルターを通して、画家が自然から得た印象と個人的な感情を視覚的に再現しようとしたものです。19世紀美術の重要な流れであるレアリスムとロマン主義、あるいは観念主義の合流点ともいえるこれらの「想い出」の風景は少しずつ叙述的な表現をはなれ、音楽的なリズムに満たされていきます。 それはもはや具体的な土地の写実的な風景画でもなければ、神話や宗教を主題とする物語的風景画でもありません。いわば銀灰色の靄に包まれた喚起力と連想の芸術であり、純粋に造形の力を通して、見る者の感性を画家の心のざわめきに共鳴させようとします。そこには、形式的要素の自律化をめざし、抽象へとむかっていった20世紀芸術の担い手たちがもとめた新しい芸術的地平を見ることができるでしょう。 |
COROT 光と追憶の変奏曲 | |||||||||||||||||
会 場 | 国立西洋美術館 | ||||||||||||||||
会 期 | 2008年6月14日(土)~8月31日(日) 月曜休館(ただし、7月21日、8月11日は開館、7月22日(火)は休館) |
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開館時間 | 午前9時30分~午後5時30分(毎週金曜は午後8時まで開館) ※入館は閉館の30分前まで |
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観 覧 料 |
*団体は20名以上。中学生以下は無料。 |
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主 催 | 国立西洋美術館、読売新聞東京本社、NHK | ||||||||||||||||
企画協力 | ルーヴル美術館 | ||||||||||||||||
後 援 | 外務省、文化庁、フランス大使館 | ||||||||||||||||
特別協賛 | 新光証券 | ||||||||||||||||
協 賛 | 清水建設、損保ジャパン、大日本印刷、EPSON、大正製薬、大阪芸術大学、 関西電力、きんでん、大和ハウス工業、ダイワボウ情報システム、非破壊検査、 松下電器、丸一鋼管 |
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協 力 | 日本航空、西洋美術振興財団(東京展のみ) | ||||||||||||||||
お問い合せ | ハローダイヤル 03-5777-8600 |