「光り輝く島」という意味を持つスリランカ。豊かな緑と美しい海岸に恵まれ、紅茶や宝石で知られるこの国には、2000年以上の長い歴史の中で人々が育んできた素晴らしい文化が存在します。 |
伝説によれば、スリランカはインドから来たヴィジャヤ王子によって建国され、その子孫がアヌラーダプラに都を構えたという。これがシンハラ人の祖である。インドのアショーカ王(前3世紀)の王子マヒンダは、当時のデーヴァーナンピヤティッサ王に仏教を伝え、上座部仏教が国家の庇護のもとで信仰を集めた。一方、大乗仏教や密教もスリランカに及んでおり、この時代の後半にはブッダ像に加えて、比類ない美しさを具えた菩薩像も数多く作られた。仏教寺院は高度な技術を用いて建造された巨大な塔を中心に大伽藍が形成され、今も往時の仏教の隆盛ぶりがしのばれる。スリランカの仏教彫刻は、南インドの影響を強く受けているが、アヌラーダプラ時代後期には独自の様式が生まれた。 |
1017年、インドのチョーラ朝によるスリランカ北部の支配が始まり、都がアヌラーダプラからポロンナルワへ遷りました。ヴィジャヤバーフ1世(11~12世紀)がチョーラ朝を駆逐して以後、約2世紀にわたってここがシンハラ王統の都となりました。チョーラ朝支配の間にヒンドゥー教が広まり、シヴァやヴィシュヌなどを祀る寺院が建立され、南インドと密接なつながりを示す彫像が作られる一方、仏教も再び保護されるようになり、仏歯をおさめた寺の建立や、ミャンマー(ビルマ)からの僧侶の招聘などが行われました。全島を統一したパラークラマバーフ1世やインド出身のニッサンカ・マッラの頃(12~13世紀)、王国は大いに繁栄し、ワタダーゲ寺院、巨大な仏涅槃像のあるガルヴィハーラなどが造営されました。 |
15世紀末、ヴィクラマバーフ王がコーッテから分離独立してキャンディ王国をおこします。16世紀には沿岸部がポルトガルの植民地となりますが、島中央の山地部にあるキャンディは独立を守りました。1658年、オランダによりポルトガルの勢力が一掃されるますがキャンディはこれと共存しました。18世紀にシンハラの王統がとだえた王国では、姻戚関係にあった南インドのナーヤカ王朝からヴィジャヤ・ラージャシンハを迎え、以後タミル王統が続きます。衰退していた仏教の回復のため、タイ(シャム)やミャンマーから僧侶が招かれ、社会の幅広い層に仏教の門戸が開かれました。スリランカを代表する国民的な祭りであるペラヘラ祭は、この時期に仏歯を祀る国家行事となりました。仏教彫刻ではブッダ像の制作がもっぱら行われ、また、この時代に象牙彫刻、工芸が非常に盛んになり、華麗な宝飾品が珍重されました。 |
開催概要:特別展 スリランカ 輝く島の美に出会う | ||||||||||||||||||
会 場 | 東京国立博物館 表慶館 〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9 |
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会 期 | 2008年9月17日(水)~11月30日(日) 休館日:月曜日(ただし祝・休日の場合は開館、翌火曜日は休館) |
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開館時間 | 午前9時30分~午後5時 ただし、会期中の金曜日は午後8時、 土・日曜日、祝・休日は午後6時まで開館。 入館は閉館の30分前まで。 |
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観 覧 料 |
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主 催 | 東京国立博物館、読売新聞社、 スリランカ民主社会主義共和国文化・国家遺産省 |
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後 援 | 外務省 | |||||||||||||||||
助 成 | 国際交流基金 | |||||||||||||||||
協 力 | スリランカ航空 | |||||||||||||||||
お問い合せ | ハローダイヤル:03-5777-8600 |