香川県琴平町の金刀比羅宮は「こんぴらさん」の愛称で全国の人々に親しまれ、古くから篤い信仰を集めています。この社が、膨大な文化財を伝えてきた「文化の森」でもあることは近年よく知られるようになりました。特に、2004年の「平成の大遷座祭」を記念した展覧会「金刀比羅宮のすべて」では、国の重要文化財に指定されている表書院と奥書院の障壁画が公開され、全国から多数の参拝者が訪れました。
奉納されてきた数々の美術品のなかで、表書院の90面におよぶ円山応挙(おうきょ)(1733-95)の障壁画は、応挙美術の頂点ともいえる壮大な作品群です。また奥書院にある伊藤若冲(じゃくちゅう)(1716-1800)の≪花丸図≫(1764)は、四方の壁に四季の花々が描かれ、まさに百花繚乱の豪華さを呈しています。
今回の展覧会では、応挙や若冲さらには岸派2代目・岸岱(がんたい)や邨田丹陵らが両書院に描いた障壁画から、襖絵など約130面を美術館に移動し、可能な限り両書院の空間を展示室内に再現します。金刀比羅宮に残る障壁画がこれほど大規模に境内外で公開されるのは初めてです。奉納された絵馬や船の模型なども併せて展示し、金刀比羅宮の美と信仰の世界を紹介します。
金刀比羅宮の表書院および奥書院から東京・上野の東京藝術大学大学美術館へ襖絵約130面を移動し、現地の書院10部屋を立体的に再現します。そのうち表書院の4部屋、「鶴の間」「虎の間」「七賢の間」「山水の間」は円山応挙により手がけられました。応挙は生涯数多くの障壁画を制作しましたが、金刀比羅宮表書院は現存する応挙の空間表現としては最大のものです。宮殿として用いられた表書院を例にとれば、玄関に近い「鶴の間」は使者の控え場として、一番奥の「山水の間」は公家や大名ら貴顕のための部屋としてなど、書院を飾る障壁画はそれぞれの部屋を用途に応じて主題が描き分けられています。展示では、まるで本物の書院の部屋から部屋へと歩みを進めるような感覚で、障壁画を間近に鑑賞することができます。
江戸中後期を代表する画家たちの名作が一堂に会します。円山派の祖、円山応挙による表書院の90面の障壁画は、すべて重要文化財に指定されており、応挙晩年の代表作と名高いものです。「虎の間」の《遊虎図》は、様々なポーズをとる8頭の虎が、毛並みまで描きこまれ、静かな威厳を感じさせます。
また、伊藤若冲が手がけた奥書院「上段の間」を飾る《花丸図》は通常非公開で、美術ファン必見の一作です。四方に201点の花々が百花繚乱のごとく配されたこの部屋は、息詰まるような若冲ワールドが広がっています。本展では襖絵4面を展示します。さらに岸派2代目の岸岱による奥書院「柳の間」は、緻密な着色と癖のある墨線で、柳の木と鷺が飛び交うようすが部屋全体に描かれ、濃密な空間をつくりあげています。
金刀比羅宮は海の守護神、航海の神様として篤く崇拝されています。とくに江戸時代には全国各地に勧請され、金毘羅参りが流行しました。航海の安全を願って奉納された船大工が作った船模型や谷文晁や松本楓湖らの絵馬などで、古くから庶民の信仰を集めた「讃岐のこんぴらさん」を紹介します。このほか、元禄末の大祭のにぎわいを描いたという《象頭山社頭並大祭行列図屏風》(重要有形民俗文化財)や狩野永徳の作品と伝わる《富士山杉樹図屏風》なども展示します。